遡る事10年前、2012年12月号
VoⅬ 154
面白いところを大きい文字にしてみた
創成期のホンダ車であるS500やN360のような妥協の少ないクルマ造りから考えると、このようなトンでもないトラックの登場は、奇想天外だ。
しかし実際のところT360は、造ろうとしてできたクルマではなく、できちゃったクルマと言った方が正しい。
1961年、高度経済成長を続ける日本国内には多くの自動車メーカーが乱立。そのため個別に外国メーカーとの競争に敗れることを危惧した通産省の主導で、メーカー数を減らし、開発力、販売力を集約させる「自動車行政の基本方針」が通達された。
特振法と呼ばれたこの法案の成立前に販売実績を持とうと考えた故・本田宗一郎さんが造らせたクルマがT360といわれる。
とはいえ、当時のホンダにはトラックに利用できるエンジンが無かった。
その際に本田宗一郎さんは
「いいから何かクルマを造っちまえよ。載せるエンジンがねえだと? S360のやつがあるだろう。それ載っけちまえ」
と述べた、という逸話が語り継がれている。
実際にこのようなやり取りがあったかといわれれば疑問で、都市伝説の一つとしか考えられていない。ただ、当時ホンダがスポーツカーだけで四輪市場を勝ち抜けるとは考えていなかったことだけは確かだ。60年代初頭の日本はまだまだ発展途上にあり、クルマといえば商用ベースが圧倒的な時代だ。当然のように汎用性の高いトラックの開発が進められていた。
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